朝日新聞外交専門記者の牧野愛博氏が、『「すべての訪問者は、日本軍兵士がいかに勇気があり命をささげたかを語るべきだ」…第二次大戦のニミッツ提督の言葉が残る日米の激戦地・ペリリューに「いま米軍が今戻ってきている理由」』という文章を公表しています(牧野氏は朝日新聞の記者ですが、この文章が掲載されているのは朝日新聞ではありません)。
ニミッツ提督は第2次世界大戦中のアメリカの軍人です。では、牧野氏が「すべての訪問者は、日本軍兵士がいかに勇気があり命をささげたかを語るべきだ」と訳している「ニミッツ提督の言葉」は英語でどう表現されているかというと、以下の通りです。
Tourists from every country who visit this island should be told how courageous and patriotic were the Japanese soldiers who all died defending this island. (改行) Pacific Fleet Commander in Chief (U.S.A.) C. W. Nimitz ※原文はすべて大文字
英語を読むと、"Tourists ... should be told"云々となっており、「すべての訪問者は...語られるべきだ」が正しい訳で、牧野氏が訳している「すべての訪問者は...語るべきだ」は誤訳です。この「ニミッツ提督の名言」が、英語として不自然なので誤訳してしまったのでしょう。
ペリリュー島にある「ニミッツ提督の名言」の碑には、上記の英文に加えて、以下の日本語文も書かれているのですが、なぜか牧野氏はこの日本語文をそのまま引用せず、英語から翻訳して誤訳しています。「ニミッツ提督の名言」の碑の日本文は以下の通りです。
諸国から訪れる旅人たちよ この島を守るために日本国人がいかに勇敢な愛国心をもって戦い そして玉砕したかを伝えられよ 米太平洋艦隊司令長官 C.W.ニミッツ
これを見ると、英文版が不自然なのに対して、日本語版は(やや気取った文章ですが)自然な文章になっていることがわかります。日本語版では「旅人たちよ...伝えられよ」となっており、これは「旅人たちが伝えてほしい」という意味ですが、英語では"Tourists ... should be told"=旅人たちが伝えられるべきだという不自然な英語になっています。やはりこれは、日本語版が先に作られて、それから日本語をよく知らない人が、日本語版の「伝えられよ」という気取った表現を理解できず、「伝えられる」と誤解して英語に翻訳したのではないかと考えざるをえません。もちろんニミッツはアメリカの軍人なので、もし本当にこれがニミッツの言葉なら、日本語版が英語版より先に作られることはありえません。したがってこの「ニミッツ提督の名言」はニミッツ提督が実際に発言したものではなく、日本人が捏造したものであると考えられます。(なお、この「諸国から訪れる旅人たちよ...伝えられよ」という文言は、紀元前480年のテルモピュライの戦いで戦死したスパルタ兵の忠誠心を讃えて作られた碑文が元ネタです)
この「ニミッツ提督の名言」は、日本語版が名越二荒之助氏(元高千穂商科大学教授、2007年死去)の1987年の著作(『世界に生きる日本の心-ドキュメント二十一世紀へのメッセージ』展転社, 1987年)で紹介されて有名になったものです。ただし、この「ニミッツ提督の名言」(日本語版)は、名越氏の著作以前から存在が確認されているので、この「名言」を捏造したのは名越氏ではありません。もちろん、1987年の時点では、「原文」であるはずの英語版は「発見」されていませんでした。
この牧野氏の記事から、以下のことを学ばなければなりません。
・朝日新聞の「外交専門記者」であっても、(朝日新聞紙上ではないとはいえ)このような疑わしい文章を書いている
・大学教授(名越二荒之助氏)も、疑わしい情報を広めている
・英語を学ぶことは大事
この「ニミッツ提督の名言」の場合には、日本語版と英語版で食い違いがあり、英語版が不自然な英語なので捏造であると判断できますが、このような事例は例外で、もし英語版がいかにもニミッツが言いそうなもっともらしいものであったら、それが捏造であることを見破ることは困難です(ニミッツの全ての発言をチェックしないとそのような発言をしていないことは立証できないが、そのためには膨大な労力が必要)。
その場合に重要なのが、「出典が示されているかどうか」です。出典が示されていれば、それを確認することで、捏造かどうか判断することができます。
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